いきとしいけるものが豊かに、幸せに生きていけるお手伝いをいたします。
  1. ご挨拶

陽水穂は、”どんな地球であってほしいか”と尋ねられたら他者を思いやりお互いに支え合い心地よく幸せに暮らせる地球であってほしいと答えるでしょう。


生きとし生けるものを愛おしく想いこの地球を桜色をオーガンジーのような優しさで包みたいと思います。

”そのために何ができるのか”地球を粗末に扱わない姿勢を持つこと、そして神に仕える者として人の心に寄り添い、書によって日々の暮らしに彩りを添えたいと願っています。

古代より自然を敬い、神を信じ、魂は和合を信じる日本人、多くの生き物がつながりあって生きていることを私たちは知っています。


「生きとし生けるものが幸せに生きられる、元気な地球に戻す」ことを使命と感じ、これからも精一杯の力を尽くしてまいりたいと存じます。



なぜ書道を習い始めたのか?

母が「女の子は字がきれいなほうがいいよ」と7才の時に書道教室に連れて行ってくれました。それから半世紀以上の月日が過ぎました。

小学生の頃、学校が終わればランドセルを家に投げ置いて、夕暮れまで鬼ごっこ、かくれんぼと走り回っていた女の子だったが、家では書くことが大好きだった。

自由帳を広げて絵を描いたり、覚えたての文字を並べてみたり。

ことさらに好きだったのは新聞に書くことだった。

新聞には周囲に1センチメートルほどの空白の縁がある、そこに絵や文字、記号のようなもの細かく書き込み4辺を埋める。

上下の辺は少し幅が広くて、悠々を書けるような気がしてうれしくなった。

書いてはしげしげと眺め、また書くという時間はとても楽しく、私にとってこの1センチメートルほどの空白の世界は不自由であり、心地よくもある創造の世界。

飽きなく挑戦のための舞台であったのかもしれない。


書を始めたのも、半紙という空白の世界に墨をつけた筆を打ち込み、自分の世界を創っていく…。

とはいえ思い通りにはならず、今でも書き損じの紙を山のように積み上げる日々。

それでも空白の世界に自分の世界を描きたいとの想いはますます強くなっていく。


なぜ書道を習い始めたのか?

                 

書家になったきっかけは?

白い半紙を目の前に準備し、墨を磨ると、心が落ち着いた。ゆっくりと自分の内を見つめ自問自答する。

つらいことも無論ある。どうしたらよいのかを考えるときは濃く大量の墨を硯に残すこともあった。

筆を持てば、ひたすら臨書だ。先人の筆跡を忠実に書くことだけに集中することで、マイナスの思考はぽろぽろと消えていく。同じ線を何十本も引き、半紙を真黒にする。そうやって時を重ね、見失いかけていた自分を取り戻すことができたのは書道のおかげ。

私は書道に救われ、励まされ、書くことの楽しさと喜びを教えてもらった。

だから重い心を抱えている人に迷いの心を背負っている人に書道の優しい力を伝えたいと心から思っている。

今ある私の根っこである。

そして、いつしか『おばあちゃんになるまでに一度は個展を』と夢見ていた。

思いもよらず2006年初個展を開催、2008年にはルーヴル美術館での個展という素晴らしい体験もした。

白い半紙を前に墨を磨るとき自分の本当の心の声を聞けたが、それを伝える事は容易ではなく、考えたのが、書を日常で身近に感じ、興味を持ってもらう事。それが「modan 書 art」の誕生となった。

初個展から精いっぱい夢中で走ってきたが、2011年に九回目の個展が終わり、ふと立ち止まりたくなった。

どこで、どんなテーマで何を伝えたいのか、その気持ちが沸き起こり、固まるまで十回目の個展はしないでおこうと思った。そして、やっと十回目の記念展を2019年に。

書は人の心を優しく包む日本文化。

日常の中で身近に楽しめる芸術でもあることを多くの方に伝え、皆が毎日楽しく暮らせる役に立ちたい!

魂を込め創作し続けてゆきたい。


神官階位

神官階位

書家として九回目の個展開催、ルーヴル美術館での個展、ローマ教皇庁音楽院(バチカン)での揮毫奉納、へブライ大学、モンセラート修道院と書家として有り難いことに忙しく仕事をさせていただいていた中「神官の階位をとりなさい」を頭の左上に感じた。

訳が分からず無視していたら、それはますます強く、大きくなり、五年の間で、外堀を埋められ、困り果ててご相談。

宮司さんは推薦書を書いてくださり、「これを捨てることはできない」と観念し、神官階位を取得の為の入学を決めた。

言うは易く行うは難し、四苦八苦で卒業。

一つ終われば「次へ行きなさい」とまた頭の左上に…

私の反抗など糠に釘。この時に、自分の意志は通らない、全てはお導きに委ねるしかないと理解できた。

そしてあり得ないと思っていたが、神職としての御奉仕することになる。実際に体験すると、お稽古に苦しんだ祭式以上に大切なことに気がついた。

辛い胸の内を抱えて神社参拝に来られる方々が多く、少しでも楽になっていただけるよう心から寄り添えるよう精進したい。

これについては、不思議すぎる出来事が続き今に至る。

おいおい、お話ししていければと思う。



陽水穂設立

陽水穂設立

大自然の美しさは人間がどんな技術を手に入れても造り得ない美しさ。人間の並々ならぬ努力を「お励みなさい」と余裕で優しく微笑みつつも、ある一線からは全く近づけない厳しい毅然とした「美」を感じる。

そんな美しい星に生かされている私達。

毎朝歩いての神社へのお参りは大切な日課。その行き帰りの時間は、自然に生かされていることの大事さをあらためて知り、全ての命がつながっていることを体感する時間でもあった。これ以上、絶対に壊してはならぬと自然の叫びを耳にした。


そんな時、ペンタデシルという自然100%の新しいサプリの試飲の依頼が「むすひ」との出会いで、又そのパンフレットのデザイン、その後「天使のリング」のパンフレットデザインと関わりは続く。

「天使のリング」とは布海苔エキスで、揮毫するために試してみると驚くほど髪がサラサラになった。しかし、布海苔に化学的なものが加わり、トリートメントとして消費者の手元に届く。

肌の弱い私は自然100%のトリートメントがほしい!私と同様に思っている人がいる。その思いから、試行錯誤の結果「かみむすひ」が誕生した。

この時、陽水穂を立ち上げることになるとは想像もつかない私。


その後、「むすひ」「かみむすひ」の販売会社を設立する必要があるという事で、私に白羽の矢が立った。

世間知らずの私にできるわけがないと半年間お断りし続けた。

根気良く言われることを、なぜかと考えました。

神職として、書家として、人が幸せに笑顔で暮らせるよう願って日々を重ねてきた自分が映し出され、この会社設立の根っこは同じだと気付き”陽水穂”設立に至った。


当初「むすひ」は「ペンタデシル含有オーラン油」という名称で販売が決まっていたにもかかわらず「むすひ」に変更、「かみむすひ」も同様に采配の元決まる。

不思議なことが続き、会社設立。経済一辺倒の今の日本に、人を思いやるだけの会社があるという事実。一石を投じる役目があるのではないかとも感じる。


木積凜穂